あにまるセカンドライフin岡山 

愛護センター、保健所などからのレスキュー活動、日常の出来事

戦後67年 人、動物、戦争は、正常な心までもむしばんでいく

まだまだ暑い日が続きお散歩に出てないグリコ家上空です。

【19日追記】
18日午前中に電話でグリコままが愛媛県松山保健所に確認しましたところ
飼い主が現れない時は愛媛県在住の方の引出し予定になっています。
殺処分から回避できる模様です。

沢山の拡散ご協力感謝いたします。


愛媛県松山保健所に全身皮膚病になって収容されている

フレンチブルがいます。

このまま命を終われたくありません。

愛媛県在住の方しか引出しができないようです。

引き出しにご協力いただけるかた

緊急で探しています。

あなたの飼っているフレブルの親やじ~ちゃんかもしれません

どなたかいらしゃいましたら

左のメールフォームか

コメント欄までお手数ですがよろしくお願いします!!



http://www.pref.ehime.jp/040hokenhukushi/250doubutsuaigo/00004415040126/mayoi.htm









戦争が終わって67年

人は何をし

さまざまな生き物はどうなってしまったのか。。

動物園の象の花子は、

食糧が与えられずに

覚えていた芸をして食べ物を得ようとしながら餓死し

多くの動物も餓死



犬は、軍用犬に強制的に持って行かれ

軍用に適さない犬は、軍服の防寒着をつくるために

皮を剥がされ(飼い犬)







戦争と人間の狂気に・・・・・






DVC00942_20120806213955.jpg





こんなに可愛い飼い猫までもが戦争に巻き込まれていき






ここに転記記事を載せます。









ここから・・・・・








女の気持ち:私の猫 大阪府八尾市・高島誠代(主婦・79歳)

毎日新聞 2012年08月03日 大阪朝刊







 昭和17(1942)年の夏、岡山に住んでいた。役場から突然「猫を供出せよ」とのお達しがあった。うちの飼い猫は、私が物心ついた頃から我が家にいた。名前はタマという。

 学校から帰り、「タマ」と呼ぶと、「ニャッ」と答えるだけで、いつもかまどのそばで丸くなり寝ている老いた猫だった。

 「猫をどねーするん?」。役場の人に尋ねると、「アッツ島を守っとる兵隊さんのコートの裏毛になるんじゃ。アッツ島は寒うてのう。零下40度にもなるんじゃ。お国の役に立つんじゃで、めでたい」と言った。そして次の日の昼までに役場に連れてくるよう指示して、帰った。

 私は母に言った。「山に隠そうや。お墓の裏なら、誰にも見つからんで……」。しかし、母は首を横に振った。「そねーなことをして見つかったら、大事じゃ。憲兵に連れて行かれる。軍のお達しじゃ、聞かないけん」と言い返してきた。

 私は泣きながら、近所の神社へ走った。神社には大きな杉が6、7本あり、南側は川だった。そこはどこからも見えないので、大声で泣いた。

 「タマは殺されるんじゃ。毛皮にされるんじゃ。可哀そうじゃ」。升で量りたいほど涙が出た。顔が腫れていた。





実際にこんなことがあったんですね。
グリコままは、軍服を作るように海外から取り寄せた
現在では外来種のヌートリアだけだと思っていましたが
飼い猫や飼い犬までも・・・・絶句








20120804051032f0c.jpg


現在は戦争に近い
原発問題




またまたこれも転記記事です。

あってはならぬ許されない医療人の捕虜人体実験殺人です。





ここから・・・





九大生体解剖事件>「戦争は人を狂わす」最後の目撃者語る
(毎日新聞 - 08月15日 22:25)

チェックする(607) つぶやく(888) 日記を書く日記を読む(240)

事件後に描かれたスケッチを使って当時の様子を語る東野さん=福岡市中央区草香江で、金秀蓮撮影
 1945年5月、大分、熊本両県境に墜落したB29搭乗の米兵8人が次々と旧九州帝国大(現九州大)医学部に運ばれ、やがて死亡した。連合国軍総司令部(GHQ)が「類例ない野蛮さ」と表現した「九大生体解剖事件」。医学生として立ち会った福岡市の医師、東野利夫さん(86)は何を目撃し、何を思ったのか。「戦争は人を狂わせる。悲惨と愚劣しか残らない」。67年後の今、東野さんは改めて平和の尊さを訴える。



 東野さんは1945年、同大医学部に入学。約1カ月後、配属された解剖学教室で、事件は起きた。「手術する場所を貸してほしい」。外科医から解剖学教室の教授に連絡があった。数日後、米兵の捕虜2人が運ばれてきた。麻酔がかけられ、肺の手術が始まった。透明の液体が体内に入れられたが、その液体が代用血液として試された海水だったことは後に知った。



 実験手術だった。軍の立ち会いの下、4回にわたって8人に上り、うち2回を目撃。無傷の捕虜にも施され、終わると血液は抜かれ、息絶えた。「ただ不思議で怖くて、緊張して体が固まった」。



 東野さんはGHQの調べを受け、裁判の証言台にも立った。主導していたとされる軍医は空襲で死亡、執刀した外科医も拘置所で自殺した。



 「軍人と医者が残虐非道なことをしたが、これは事件の本質ではない」。東野さんは独自に調査中、気が付いた。「当時の心理状態は平和な時代には考えられないほど、おかしな状態だった」。戦争末期の空気と混乱は医者をも狂わせた。



 事件の目撃者が東野さんだけとなり、講演にも力を入れたが、体力の衰えで数年前から休止した。時代は移りゆくが、平和への思い、願いに変わりはない。「非戦を誓った憲法9条は必ず守ること。そして捕虜に対し学内の医師がメスを持ったという事実を正面から受け止め、母校の敷地に8人の慰霊碑を造ってほしい」【金秀蓮】



【ことば】九大生体解剖事件



 1945年5~6月、墜落したB29に乗っていた米軍捕虜計8人が、旧九州帝国大医学部で実験手術を受け死亡した。西部軍司令部は8人について、広島へ移送後に被爆し死亡したとしたが、GHQの調査などで発覚。計28人が起訴され、5人の絞首刑を含む計23人が有罪判決を受けた。





平和を望みます。







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2012.08.17(Fri) 13:08        さん   #         

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2012.08.18(Sat) 09:23        さん   #         

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